フェイラー基本ポイント
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スーパーマーケットの隆盛期には様々な伝説が生まれた。ダイエーが松下電器をはじめとする、メーカーと価格のことで争ったのは有名な235武勇伝として残っているが、スーパーどうしの争いも、熾烈なものがあった。一九七〇年、大阪で万博が開かれた年のこと。ダイエーはいよいよ関東へも進出を開始、まずは東京の赤羽に出店した。それを迎え討つのは西友。ダイエーは新聞四ページ分もの大きなチラシを三〇万枚バラまいて、開店にそなえた。そこには、「一品たりとも西友よりも高いものはありません」とあったので、西友も熱くなった。そのチラシに掲載されているものは、すべてダイエーよりも安くしたのである。こうなると、お互いに安売り競争は激化する。お互いに店の様子を見て「向こうはOOは一二三円だった、こっちは一二二円にしろ」という具合に、競い合う。お客さんも、この競争には大喜びで、「ダイエーはもっと安かったわよ。まけなさいよ」と、’火に油をそそぐ。そんなこんなで、ついに豆腐が一円にまで下がったという。その数年後、今度は神奈川県の藤沢で、ダイエーはイトーヨーカ堂と激突した。このときは、駅をはさんで両店が同時期に出店を計画。しかし、お互いに腹のさぐりあいで、開店日をなかなか発表せず、開店前からデッドヒート。ついにイトーヨーカ堂が開店日を先に発表すると、ダイエーはその五日前に開店。こうして開店前から始まった戦闘は、バナナでエスカレートした。ダイエーがバナナー○○グラムを仕入れ値二一円なのに、八円で売り出したのだ。これにイトーヨーカ堂も徹底抗戦、六円で売り出した。その後、五円、四円、とお互いに値下げ競争をして、ついには三円で相討ち。最近は、ここまですさまじい安売り競争もないようで、ちょっと残念なことである。スーパーも大企業になりすぎたせいだろうか。